源氏 物語 須磨 の 秋 現代 語 訳。 源氏物語「須磨の秋/心づくしの秋風」(須磨)1/2 現代語訳

源氏物語『須磨』(げにいかに思ふらむ、~)現代語訳

😁 うちのたまひ紛はし・・・(冗談を)おっしゃって自分や従者たちの気をまぎらわし。

自分とは無関係なもの、の意を掛ける。 」などと、(須磨の)ものすごいありさまに驚きおそれている顔が非常につらそうなのにつけても(源氏の従者たちは)心細さが増さるのだった。

源氏物語 源氏物語を読む 原文対訳 目次

🤗 御意志によらない政治を行なう者があって、それを若いお心の弱さはどうなされようもなくて御 煩悶 ( はんもん )が絶えないらしい。 だれよりも源氏が愛している理由がわかったように彼女たちは思うのであった。 元気を出して。

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この際は源氏の心に上ってくる過去も未来も皆悲しかった。

源氏物語~須磨・明石・澪標~

☯ そこに住む天皇。 心もとなくて・・・じれったくて。

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源氏が須磨へ移った初めの記事の中に筆者は書き 洩 ( も )らしてしまったが 伊勢 ( いせ )の 御息所 ( みやすどころ )のほうへも源氏は使いを出したのであった。

源氏物語~須磨・明石・澪標~

😒 上・・・朱雀帝をさす。

渋谷氏のサイトからお借りしました。 人々の語り聞こえし海山のありさまを、はるかにおぼしやりしを、御目に近くては、げに及ばぬ磯のたたずまひ、二なく書き集め給へり。

源氏物語「須磨の秋/心づくしの秋風」(須磨)1/2 現代語訳

👎 たくさん。 源氏物語「須磨の秋/心づくしの秋風」(須磨)2/2 現代語訳 源氏物語「須磨の秋/心づくしの秋風」(須磨)2/2 現代語訳 前栽の花いろいろ咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、海見やらるる廊に出で給ひて、たたずみ給ふ御さまの、ゆゆしう清らなること、所がらはましてこの世のものと見え給はず。 つまらないことで(私が)他人から悪く思われまいと思うのも、ただあなたひとりを思うためなのですよ。

自分の意志で。

【紫式部】源氏物語のあらすじ・現代語訳・品詞分解は?

⚡ 尚侍 ( ないしのかみ )は源氏の追放された直接の原因になった女性であるから、世間からは 嘲笑 ( ちょうしょう )的に注視され、恋人には遠く離れて、深い 歎 ( なげ )きの中に 溺 ( おぼ )れているのを、大臣は最も愛している娘であったから 憐 ( あわ )れに思って、熱心に太后へ取りなしをしたし、 帝 ( みかど )へもお詫びを申し上げたので、尚侍は公式の女官長であって、 燕寝 ( えんしん )に侍する 女御 ( にょご )、 更衣 ( こうい )が起こした問題ではないから、過失として勅免があればそれでよいということになった。 ただ、源氏にとってこうしたことが経験となって、後に彼の人格を形成していくといった、近代文学なら当然考えられる流れには残念ながらなっていません。

うとましけれ・・・「うとまし」は、いやだ。

源氏物語 源氏物語を読む 原文対訳 目次

😒 それからまた、 「院の御遺言にそむいてしまった。 (この人は)父が常陸介になって(任国に)下っていったのにもついていかないで、(光源氏のお供をして須磨に)参っているのであった。

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私でもそう思うのだから、ほかにはもっと痛切にそう思われる人があるだろう。 」と名のって、ゆっくりと(お経を)お読みになっていられる声は、またこの世にないほど(すばらしく)聞こえる。

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🤔 友まどはしては・・・友がどこへ行ったかわからないようになっては。

ほのかに、ただ小さき鳥の浮かべると見やらるるも心細げなるに、雁 かりの連ねて鳴く声楫 かぢの音 おとにまがへるを、 (舟の影が)かすかに、ただ小さい鳥が浮かんでいるかのように(遠く)見えるのも心細い感じであるうえに、雁が列をなして鳴く声が(舟を漕ぐ)楫の音によく似ているのを、 うちながめ給ひて、涙のこぼるるをかき払ひ給へる御手つき、黒き御数珠 ずずに映え給へるは、ふるさとの女恋しき人々の、心みな慰みにけり。 (それを見て紫の上は)ここ数年の間、「たまらなく恋しい」とお思い申しなさったお心のうちなどや、折りにつけてのお手紙のやりとりなどお思い出しになると、「すべてのことは(その時だけの)たわむれなのだ」と(恨みも)自然に消えてしまわれる。

源氏物語「須磨には、いとど心づくしの秋風に~」現代語訳

😃 インターネットで探 しても「須磨には、~」からしか 紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。 はらから・・同じ母から生まれた兄弟姉妹。

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焦 ( こが )れて泣く女王を女房たちはなだめかねて心細い思いをしていた。 昼に近いころまで源氏は寝室にいたが、そのうちに 帥 ( そつ )の宮がおいでになり、三位中将も来邸した。